復活祭のおはなし

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「恋はいつか覚める。だって?!」

今日はスウと復活祭についての本を読むつもりだった。
大事な人と読むのだから、恋について書かれた本を選んだつもりだった。
なのに、この衝撃的な文章。

スウは、とうがらしと同じ背丈の小さな女の子だった。

伯爵は、気の遠くなるほど昔に
死ねない体になってしまった悲しい錬金術師だった。

「幻滅したよ。
恋は冷めたりしないものなんだ。
バイオリズムがあるだけなんだ。

満足するまで炎のように燃え上がって、気がすむと静の時がおとずれる。穏やかに。
そしてしばらくするとまた炎のように燃え上がる。それの繰り返し。
恋は循環。恋は循環なんだ。」

なんのためらいもなく本を、ぽん、と暖炉に投げ込んだその断末魔を、
スウは、うさぎのような赤くて透きとおった目を通し、なすすべなく見つめていた。

その本は、刹那的な恋に浮かれる若者たちがいかに思慮にかけているか、
そして、キリストの愛がいかに真実かを、復活の日のお祝いに起こった出来事に
なぞらえて、とくとくと綴られた内容だったのだ。

美しい装丁と、魅力的な挿絵がいけなかったのだ。
内容は楽しみにしておこうと、後から二人で読むときにとっておこうとしたのが
いけなかったのだ!

「それなのに、静の時がおとずれたとき、
それが恋が覚めたと勘違いして最も残酷な結末を選択する人々がいる。

でもそれは、まだましな方で、「恋が愛に変わった」だなんて言い出す奴は
救いようがない!

愛のどこが恋より良いっていうんだ?
自己犠牲精神と、我慢と痛み。それが尊いものだって?!
二人共が頭の先から足の先まで満たされれる幸福感よりも、
やせ細ってしまうまで与え続けるものが良いものだって?!

馬鹿じゃないか。ねえ。」

馬鹿じゃないかと言われても、スウには、そうねえと言ったらいいのか、
違うわと言ったらいいのかがわからなかった。
伯爵が今まで、一体どんな気持ちで恋に落ちてきたのかわからなかったからだ。

「スウはこんな言葉が入っている歌がすき?」

たしかにそんな歌は多いような気がした。
みんなそんな言葉を聞いて感動するのだ。

「ちっともすきじゃない。」

「ひどい世の中だよ。こんな傷付く嘘が蔓延してるんだから。
千年経ったって、消えるものではないんだよ、恋は。
同じなのに。同じなのに。変わらないのに。

相手が居なくなる。
だから、想いの行き場がなくなる。なすすべがなくなって
ただ、諦めるんだ。しかたなく、諦めるんだよ。」

ろうそくの火がかげると紺色を帯びてくる透きとおった青い瞳を見つめていると、
その深さに吸い込まれそうだ。

一瞬で、かかえているもの、そこにあるもの、うごかしているもの、
スウは、言葉にできない伯爵の持つ何かに同調した気がした。

「そしてもう二度と傷つきたくなくって、心を閉ざす。

何十年も、何百年もね。
傷がなおると、うっかりまた恋に落ちるんだ。
その繰り返し。

循環。循環。呪いだよ。」

「ごめんね。」

あつくなった心のしんから涙がにじみ出た。
それは、どうにも救ってあげられないはがゆい、はがゆい、思いと悲しみと愛しみだった。

「…だから、戻りたいんだ。
普通の体に戻りたい。一緒に歳をとりたい。

そうなりたいんだ。…心から。」

「…うん。」

伯爵が、ある錬金書を探していること、それは前に聞いた。
ふつうの体に戻りたがってることも。
でも、どうして戻りたがっているのか、その理由はわからなかった。
きっと、スウにはわからない難しい気持ちがあるんだわと、そう思っていた。

だけど、今夜、何十年、何百年、何千年、もしかしたら何万年、
体に抱えきれないくらい、あふれるくらい、
切望してきた、還りたいという望みが、
本当にあるがままの自然のかたちになるのだということが、
小さなスウにも理解できたような気がした。

もう投げ込まれた本は影も形もなく、暖炉の火は明明と燃え続けていた。

「さて、さしあたって今日は幸福になろうか。」

伯爵がベルを鳴らすと、ゴーレムが水差しを持って部屋へ入ってきた。

「何か、鍵を、そのための言葉を考えてくれる?」

「……。」

水差しをかけられて暖炉を火は消え、ろうそくの明かり一つが残された。

しゅうしゅうなっているのは暖炉ではなく、スウの頭だった。

「やさしすぎるからといって嫌ったりしない。
ひとと違うからといって気味悪がったりしない。
もちろん大きさもどうだっていい。

ただ、ずっとすき。悲しがってたら…頭なでたい。
悲しい気持ち…軽くしてあげたい。痛いのも……なおしてあげたいよ。」

「君がお腹をすかせていたら、たっぷり食べさせてあげたい。
君が望むものがあったら、与えてあげたい。」

伯爵が付け加えて言った。

「起きたら何が食べたい?」

「…とうがらしいりタルト」

「なら、とうがらしいりタルトをたっぷり、
ななかまどジュースと驢馬のミルクつきで用意しようね。
さあ、おやすみなさい。」

不思議なことにその魔法の言葉を聞くと、
さっきまでの悲しい気持ちがすうっ、となおり、
目を閉じ、おねむと友達になってもいいわ、という気分になれた。

大人がよくやるように、
眠ってしまった子供の後に一人起きていて、悲しみを残してるだなんて
馬鹿な真似はまっぴらだった。

恋人の寝顔を眺めながら深刻な悩みで頭を働かせるだなんて、
さらに、もっと、もってのほかだった。

スウが嫌いにならないでいてくれるなら、それで幸福だと思った。

今は、救われているんだと思えた。
子供が眠りにつくときの、物語の終わりのように。

「六時には起きて、とうがらしを、じょうずにつぶそうかな。
厨房の、ごついゴーレムたちに、繊細な料理はムリだからね…。さてさて。」

 

 

 

LACLEF

 

万霊節

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この地方は今日も雨が降り続いていた。

小さなお菓子屋。
店の手前に、なぜか、一セットだけ若草色の傘をつけた食べる席がある。
来る客は多いが、その席を利用する客は見たことがなかった。
双子が、黒髪の双子の少女が、栗色の肌を煌めかせて、せっせと店終いの手伝いをしていた。

「万霊節だからね。」

少女達が見上げる。
声の主は、過剰装飾の時代には珍しく、何の光沢もない、模様も入っていない黒のジャストコールを無雑作にはおっていた。
ゆったりしたシャツの一番上のボタンは開けられており、首にはクラヴァットすら無く、いかにも昼寝から起きたまま、ぶらりと外出してきた風の若い男だった。
しかし、片方袖を通さずに、腰に当てている左腕の隙間から覗く上着の裏地は黒繻子で、同じく黒の光沢ある植物模様が、高いセンスの持ち主であることを語っていた。

真っ直ぐ腰まで伸びた金の髪を同じ黒のリボンでまとめ、前髪は左目を隠していたが、粒子が細かく、細い毛のせいで、透き通った青い瞳が、金色から薄く透けて見えていた。
前髪から、ぴん!と一本飛び出ているのは寝ぐせだろうか。

彼は、迷う様子もなく、お菓子棚へ向かい、ひとつ残った猫型の缶を手に取り、愛おしそうに眺めた。

栗色の肌をした少女達は、彼をよく知ったいた。
何故なら、二人は新大陸から連れてこられ、二人を連れてきた、その、とある中佐の許から彼が引き取って、この店に預けたのだから。

中佐は、給仕に使っていると言い張り、少女達は主から受けた事柄に関し、けして口を開かなかったが、見ただけで、幸福でないことは明らかだった。

「焼き菓子の、詰め合わせです。」

そういえば二三日前にも、ショウ・ウインドウ越しに店の中を眺める彼を見掛けたと思い出しながら、双子のかたわれである少女が答えた。
「ショコラと、それから…、」
カウンターの上にある皿、客に詰めて渡すそれには、冷めてしまった黒いマドレーヌが五つ残っている。
「ショコラ。」
馬鹿なことを言ってしまったと思った。

「ショコラと、ショコラね。」
彼はいたずらっぽく微笑んで、上着の裏ポケットから銀貨を一枚取り出し、店主のいないカウンターへ置く。
スリー・クラウンズだった。

「あの、」
双子は顔を見合わせ、それからカウンターへぱたぱたと駆けつける。
「お釣りは養育費の足しにと、店主が帰ってきたら言っておいてね。」
そう言いながら双子が気づかないほどさりげなく金貨を一枚重ねて置いた。
眠っている顔を見れば、あどけない十代の少年にも見えるだろうに、その話し方ときたら老成した精神から滲み出るように落ち着いていて、対話の相手が、一体この者は何歳なのだろうと訝しく思うような、そんな不思議な雰囲気を持つ男だった。
少女達は、彼が王さまの錬金術師だと聞いていたが、それがどういったものなのか解らなかった。

「私には、贈り物をする家族が、とうにいないけれど。」
残ったマドレーヌをすべて詰め込まれた猫型の缶を、双子の片割れの手から受け取りながら、彼は言った。

少女達は、ただ、この世界にいないのだという意味にとったが、それは、気の遠くなる程大昔にいなくなったという意味であり、地獄にも天国にも、血を分けた肉親はこの世に只の一人もいないという、もっと重くて寂しい意味だった。

「でも、万霊節だからね。」

彼は繰り返して言った。

「万霊節だから、家族を想いながら、お菓子を食べようと思ってね。
この時期にはね、魂のケーキと呼ばれるお菓子を、食べる習慣もあるんだよ。」

少女達は、彼が出会い様に呟いた言葉の、『万霊節』が何なのかを知らなかった。
万霊節とは、すべての霊をまつるキリスト教徒のお祭りで、煉獄に取り残されて苦しんでいる教徒たちの死者の霊が無事天国へいけるように祈りをささげる日だが、新大陸で生まれ育った二人の少女達にはもちろん無縁のものだった。

彼は、満足そうに缶を脇に抱えると、並んだ二人の、賢い瞳を見つめて、にっこりと微笑んだ。

「…そのうち、迎えに、来るからね。」
彼は、店を出るときに必ず口にする決まった文句を続けて言った。
「王様が、約束してくれたからね。だから、待ってて。」

「……うん!」
力強く、二つの声が響く。
これも決まり文句だった。

栗色の肌の少女達には、妹がいた。
双子と、小さな妹の、三人姉妹だったのだ。
しかし、フランス軍の中佐は、有無を言わさず見つけた二人を捕らえ、連れ帰り、三人は離れ離れになってしまったのだ。

王様は、彼に、必ず新大陸を手に入れると約束した。

それがどういう意味なのか、彼は知っていた。
それがどれだけ多くの血が流れることなのか、彼はよく知っていた。

けれど、目の前にいる少女達は、妹との再会を喜び、故郷への帰還を喜ぶだろう。

店の出口へ向かう彼の手を、二つの栗色の手が、片方ずつ、握ってきた。
お世辞にも、綺麗とは言えない仕事をこなしてきた手を。
暗くて、秘密の、たった一人きりのラボで、命じられるがままに、軍用の数々を、造ってきた手を。

栗色の手は、どちらも暖かかった。

猫型の缶を、大事そうに懐に抱えて。
店の外にある椅子の背に立てかけてあった仕込み杖を忘れずに握り。

彼は、宮廷付錬金術師サン=ジェルマン伯爵は、いつものように、ゆったりした足取りで歩きはじめた。