万霊節

banseisetsuillust

この地方は今日も雨が降り続いていた。

小さなお菓子屋。
店の手前に、なぜか、一セットだけ若草色の傘をつけた食べる席がある。
来る客は多いが、その席を利用する客は見たことがなかった。
双子が、黒髪の双子の少女が、栗色の肌を煌めかせて、せっせと店終いの手伝いをしていた。

「万霊節だからね。」

少女達が見上げる。
声の主は、過剰装飾の時代には珍しく、何の光沢もない、模様も入っていない黒のジャストコールを無雑作にはおっていた。
ゆったりしたシャツの一番上のボタンは開けられており、首にはクラヴァットすら無く、いかにも昼寝から起きたまま、ぶらりと外出してきた風の若い男だった。
しかし、片方袖を通さずに、腰に当てている左腕の隙間から覗く上着の裏地は黒繻子で、同じく黒の光沢ある植物模様が、高いセンスの持ち主であることを語っていた。

真っ直ぐ腰まで伸びた金の髪を同じ黒のリボンでまとめ、前髪は左目を隠していたが、粒子が細かく、細い毛のせいで、透き通った青い瞳が、金色から薄く透けて見えていた。
前髪から、ぴん!と一本飛び出ているのは寝ぐせだろうか。

彼は、迷う様子もなく、お菓子棚へ向かい、ひとつ残った猫型の缶を手に取り、愛おしそうに眺めた。

栗色の肌をした少女達は、彼をよく知ったいた。
何故なら、二人は新大陸から連れてこられ、二人を連れてきた、その、とある中佐の許から彼が引き取って、この店に預けたのだから。

中佐は、給仕に使っていると言い張り、少女達は主から受けた事柄に関し、けして口を開かなかったが、見ただけで、幸福でないことは明らかだった。

「焼き菓子の、詰め合わせです。」

そういえば二三日前にも、ショウ・ウインドウ越しに店の中を眺める彼を見掛けたと思い出しながら、双子のかたわれである少女が答えた。
「ショコラと、それから…、」
カウンターの上にある皿、客に詰めて渡すそれには、冷めてしまった黒いマドレーヌが五つ残っている。
「ショコラ。」
馬鹿なことを言ってしまったと思った。

「ショコラと、ショコラね。」
彼はいたずらっぽく微笑んで、上着の裏ポケットから銀貨を一枚取り出し、店主のいないカウンターへ置く。
スリー・クラウンズだった。

「あの、」
双子は顔を見合わせ、それからカウンターへぱたぱたと駆けつける。
「お釣りは養育費の足しにと、店主が帰ってきたら言っておいてね。」
そう言いながら双子が気づかないほどさりげなく金貨を一枚重ねて置いた。
眠っている顔を見れば、あどけない十代の少年にも見えるだろうに、その話し方ときたら老成した精神から滲み出るように落ち着いていて、対話の相手が、一体この者は何歳なのだろうと訝しく思うような、そんな不思議な雰囲気を持つ男だった。
少女達は、彼が王さまの錬金術師だと聞いていたが、それがどういったものなのか解らなかった。

「私には、贈り物をする家族が、とうにいないけれど。」
残ったマドレーヌをすべて詰め込まれた猫型の缶を、双子の片割れの手から受け取りながら、彼は言った。

少女達は、ただ、この世界にいないのだという意味にとったが、それは、気の遠くなる程大昔にいなくなったという意味であり、地獄にも天国にも、血を分けた肉親はこの世に只の一人もいないという、もっと重くて寂しい意味だった。

「でも、万霊節だからね。」

彼は繰り返して言った。

「万霊節だから、家族を想いながら、お菓子を食べようと思ってね。
この時期にはね、魂のケーキと呼ばれるお菓子を、食べる習慣もあるんだよ。」

少女達は、彼が出会い様に呟いた言葉の、『万霊節』が何なのかを知らなかった。
万霊節とは、すべての霊をまつるキリスト教徒のお祭りで、煉獄に取り残されて苦しんでいる教徒たちの死者の霊が無事天国へいけるように祈りをささげる日だが、新大陸で生まれ育った二人の少女達にはもちろん無縁のものだった。

彼は、満足そうに缶を脇に抱えると、並んだ二人の、賢い瞳を見つめて、にっこりと微笑んだ。

「…そのうち、迎えに、来るからね。」
彼は、店を出るときに必ず口にする決まった文句を続けて言った。
「王様が、約束してくれたからね。だから、待ってて。」

「……うん!」
力強く、二つの声が響く。
これも決まり文句だった。

栗色の肌の少女達には、妹がいた。
双子と、小さな妹の、三人姉妹だったのだ。
しかし、フランス軍の中佐は、有無を言わさず見つけた二人を捕らえ、連れ帰り、三人は離れ離れになってしまったのだ。

王様は、彼に、必ず新大陸を手に入れると約束した。

それがどういう意味なのか、彼は知っていた。
それがどれだけ多くの血が流れることなのか、彼はよく知っていた。

けれど、目の前にいる少女達は、妹との再会を喜び、故郷への帰還を喜ぶだろう。

店の出口へ向かう彼の手を、二つの栗色の手が、片方ずつ、握ってきた。
お世辞にも、綺麗とは言えない仕事をこなしてきた手を。
暗くて、秘密の、たった一人きりのラボで、命じられるがままに、軍用の数々を、造ってきた手を。

栗色の手は、どちらも暖かかった。

猫型の缶を、大事そうに懐に抱えて。
店の外にある椅子の背に立てかけてあった仕込み杖を忘れずに握り。

彼は、宮廷付錬金術師サン=ジェルマン伯爵は、いつものように、ゆったりした足取りで歩きはじめた。

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